ようこそ、ビビンパのサイトへ

 日本と一番近い国、韓国。
 昨年のサッカーワールドカップ共催でその距離もぐっと縮まった感もあります韓国についての情報は日々メディアを通じて得られる時代ですが、あなたは本当はどれぐらい韓国について知っているのでしょうか?
 この「ビビンパ」サイトは韓国人が考える韓国について掲載しています。韓国のニュースや生活、文化、娯楽について書いています。もしかしたら新しい発見があるかもしれません!

■■■■■■ 今回の特集 ■■■■■■

2011年3月18日(金曜日)

一つになった日本に海外メディアが感嘆

カテゴリー: - admin @ 14時26分18秒

愛媛県松山市に15日、平日にもかかわらず、数百メートルの列ができた。東日本大地震で負傷した患者に緊急輸血が必要だというニュースが報道されてからだ。若者を中心に一日300人を超える献血者が集まり、献血まで1時間以上待たなければならないほどだった。献血された血液はすぐに日本赤十字社を通して被害地域に送られる。

  鳥取県も同じだ。鳥取市内のショッピングセンター「イオン」で13日から献血を受け付けている関係者は「これほど多くの献血希望者が集まるのは初めて見た」と驚きを表した。鳥取県によると、献血者の3分の1は献血経験がない人だという。

  今年春から福島大学に進学する予定の前嶋さん(男性)は「東北地域の大勢の人たちには力になれないが、少しでも役立とうと生涯初めて献血をしに来た」と話した。社会に冷笑的で個人的だった日本の若者が今回の地震をきっかけに積極的な社会参加型に変化している現場だ。

  日本全国に広まっている献血運動は太平洋戦争当時の日本人の姿とも似ている。自発型という点だけが違う。1989年1月に昭和天皇が危篤状態になった時も日本の自衛隊員をはじめ、多くの日本人が自発的に献血した。

  戦後最大の国家的危機に直面した日本を救おうと「みんな一つになろう」という運動も広がっている。テレビ朝日は14日夜のニュース番組で、「日本という国は古くから助け合いながら守ってきた国。自分が少し大変でも不平を言わず、今回の災害で大きな被害を受けた人たちのことを考えよう」というメッセージを繰り返し放送した。朝日新聞も15日夕刊1面で、「家も食料も不足している。家族を失った人もいる。日本社会全体が支えなければいけない」と訴えた。

  東京と近隣の自治体で部分的な計画停電が実施された15日朝も、道路は車で渋滞したが、接触事故はほとんどなかったという。日本経済新聞は15日、「人不足で交通警察が配置されなかったが、運転手一人ひとりが譲り合いながら秩序を守る姿が目立った」と伝えた。

  ボランティアも相次いでいる。同紙は「仙台空港で避難中のある男性(70)は、空港付近の住民30余人が自発的に毎朝持ってくるおにぎりを食べながら『私は人生で最もおいしいおにぎりを食べている』と感激した」と報じた。

  こうした日本の姿に海外メディアからは激励と賛嘆が相次いでいる。英紙インディペンデントは13日付1面全体を日章旗を象徴する白と赤で満たし、英語と日本語で「がんばれ日本、がんばれ東北」と激励のメッセージを入れた。

  ニューヨークタイムズのコラムニスト、ニコラス・クリストファー氏は神戸大地震当時、東京支局長として現場取材をした経験を振り返りながら、「日本に向けた悲しみ、そして感嘆」というコラムを載せた。クリストファー氏は「今回もっと大きな災難の中でも秩序意識を失わない日本人に驚きと敬意を表する」と賛辞を送った。

原典:http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=138234&servcode=A00&sectcode=A00

 


「日本はある」…惨事でも配慮忘れぬ文化に世界が驚いた(2)

カテゴリー: - admin @ 14時17分47秒

韓国で災害報道をする時に犠牲者を取材するのは普通だ。
遺体が安置された葬儀室と病院の姿が時々刻々と現れる。

しかし日本の大地震報道で日本メディアは違がった。

津波で家屋と車両が押し流される場面がテレビにしばしば映るが、どのチャンネルで
も津波に巻きこまれる人の姿は見られない。

“死んだ人もこの世に残る”という日本人特有の死生観のためだが、泣き叫んだりし
くしく泣く姿もなかなか画面で見るのは難しい。

テレビ朝日のある関係者は、「災害予防のための目的の他には一般市民に大きな衝撃
を与える場面は最大限控えるというのが災害報道の暗黙的ルール」と話した。

11日に地震が発生した後、津波警報が解除された13日明け方まで、すべてのテレ
ビ番組の司会者はヘルメットをかぶっていた。
このように地震の規模や被害の規模とは異なり、日本は恐ろしいほどに冷静で落ち着
いていた。

理由があった。

例えば東京副都心の新宿に位置した四谷交差点にある消防署。
12階建ての建物の10階の外壁には目立つ線が引かれている。
この線は地上から高さ30メートルを知らせる表示だ。
そのそばには、「この高さは1993年の北海道南西部地震で奥尻島を襲った津波の
高さ」という説明がついている。
津波というものはいつでも自分に起こりうる問題だということを認識させ、普段の準
備が必須ということを知らせるためだ。

日本人は粘り強く一貫した災害対処教育を幼稚園の時から受ける。
机の横のフックにはいつも災害に備えて頭にかぶる防災ずきんがかけられている。
地震が発生すれば「防災ずきん着用→机の下に待避→運動場に待避→秩序確保」まで
目を閉じてもできるほどだ。
徹底した災害予防教育は小学校入学後に初めての授業で習う「迷惑をかけるな」とい
う日本固有の精神価値とともに、大型災害に落ち着いて対応するようにする秘訣だ。

ここには自身に訪れた境遇を宿命として受け入れる日本人の特性も作用する。

災害にあった日本人が泣き叫ぶことがほとんどないのも、「自分がそうした行動をす
れば自分よりも大きな被害にあった人たちに迷惑になる」という極度の配慮精神のた
めだ。

災害現場で見た日本の姿。
それは「日本はある」だった。

原典: 
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=138173&servcode=A00


★☆お勧め!!韓国の出産後ケアー施設−産後調理院「サヌチョリ」のご紹介★☆

サヌチョリ
韓国には「産後調理院(サヌチョリウォン)」なるものが存在し、子どもを出産した女性に大好評です。
産後調理院とは産後の体の回復をサポートする民間の専門施設です。
「調理」という言葉を聴けば、料理をする施設のようですが、韓国語では「調理」という言葉には、「養生」という意味が含まれています。
つまり産後調理院は出産を終えたお母さんたちがゆっくりと休むための宿泊施設なのです・・・・・
※詳細は、こちら>>
リンク集の新着RSS/ATOM記事
rss atom もっと詳しく
韓国料理&レシピ
アジア未来研究会会員専用サイトへ
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失

コミュニティ
Google 検索
ミニカレンダー
前月2012年 5月翌月
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
バーナー集